コラム〔山本編〕
前へ 次へ
vol.14 中国9億人の運命
作  山本 洋左右
反日の根源に潜むもの

反日の原因について日本のマスコミは、
中国側に原因があると言う見方が、大勢を占めている。
その根拠として、愛国教育や経済格差を指摘しているが、
これでは今、中国で起きていることを理解出来ない。
反日デモは、共青団が巧妙に仕組んだもので、
反日感情を呼び起こす事には、成功したものの
靖国問題や日本製品不買運動は、何の共感も
得られずに終わった。
デモが鎮静化すると、マスコミはもう焦点を中国から
外してしまった。
果たして、マスコミは、中国の現実を伝えただろうか?
ここでは、マスコミがほとんど伝えない9億の中国人の
現状を紹介する。
農民である彼らは今も尚、中国の主人公であり
中国の未来を決定する存在なのである。

9億農民の悲哀

まず、9億の農民を取り巻く環境を列記する。
1 農地面積が年々減少している。
2 肥沃な農地が減少している。
3 水不足と水質の悪化が深刻化している。
4 一人っ子政策と嫁不足で高齢化が進行。
5 農産物生産量5年連続減少。
6 輸入自由化による価格競争に勝てない。
7 開発優先による土地の強制収用。
8 都市における住居や教育の差別。

これが、国家の主人公である9億の農民が
直面している21世紀の中国の姿だ。
平均年収は、日本円で5万円ほどで、
上海の10分の1にも満たない。
極貧層とされる年収2万円の農民数は、
3千万とも4千万とも言われ
都市部の収入増に比例させて、
極貧層の年収ラインを3万円に引き上げると、
対象となる農民数は、8千万から9千万に
激増する。

一人当たりの耕作面積が、
日本の農民より狭い中国では、単位面積の
収穫量が、先進国に比べて極端に少なく
WTO加盟後の輸入自由化によって、
今後は、価格面で対抗出来なくなる。
その為、農村ではこれから2億人前後が
余剰人員となると見られている。
かつて毛沢東は、”農村が都市を包囲する”といって
農民の支持を取り付けたが、
本音は、共産党の一党独裁を維持するためには
食料の安定供給が欠かせなかったのである。
こうした背景から、共産党は農村戸籍の移動を
禁止した。
つまり、農民は、生まれた田舎から
出る事が出来ず、他の職業に就くことは
事実上不可能だった。
その為、都市の中国人と農民が結婚する事などは
絶対にあり得ず、農民の都市の人間に対する
コンプレックスと彼らに対する都市の人間の差別観は、
改革開放後の現在まで深い対立構造となっている。

盲流、民潮工、民工

1983年、ケ小平が「先富論」を打ち出した。
チャンスがあるものから、先に豊かになれ と言う
号令の元、上海、杭州、広東の沿海部が
一斉に外資導入の扉を開いた。
この地域はもともと外国貿易で発展し、文化大革命の
極左の嵐の中でも、香港や台湾、シンガポールの
華僑ネットワークに資産を隠して経済力を保持した為
瞬く間に資本主義市場を形成した。
肉体労働者が極端に少ないこの地域は、
忽ち人手不足に陥った。
共産党は、農民の一時移動を認める政策決定を下した。
この時の状況を共産党の幹部はこう表現した。
「稼いだら、田舎に帰るのが理想だ」
この言葉で分かるように、改革開放当時は、
「移動」は、認めても「移住」は、許さなかったのである。
全国から農民が大河のような流れとなって
沿海部に流れ込んできた。
上海駅には、毎日1万人の農民がたどり着き
駅前に寝泊りして手配師の誘いを待っていた。
男はビル建設、女は工場労働者や清掃の仕事だ。
日本で言う3K職場だが、この当時は、
3ヶ月で農村の1年分の収入を得る事が出来た。
しかし、所詮は農民、技術やサービス観念はなく
市場競争に伴う品質向上の要求に
応える事が出来ず、短期間で解雇される運命であった。

上海に来るため、借金をした彼らは、
田舎に帰る事が出来ない。
摩天楼と光の渦の中で、彼らが犯罪に走るのは
ある意味で必然だった。
そんな彼らの姿は、上海人や他の都市の人間の
差別意識を更に高める事になった。
江沢民政権の末期、出稼ぎの農民にも
都市の定住資格が与えられた。
毛沢東以来、都市と農民の垣根が半世紀ぶりに
取り払われた画期的な決定だった。
この時の、象徴的なニュースとして
23年前、北京に北京ダックの店を出し、
その後中国一のチエーン店を築き上げたオーナーに
北京市民の戸籍が与えられた事が全国に報じられた。
オーナーは、莫大な財を築いたのだが、
貧しい農村出身者だった為、北京に家を持つ事が
出来なかったのである。
しかし、この決定にはある条件が付いていた。
都市の定住資格と言っても、もともとの北京や
上海区域ではなく、人口増加に伴って
新しく上海や北京となった地区での定住が
許されたに過ぎなかった。
法律が変わっても、都市の人間と農民の棲み分けは
以前と変わらなかったのである。

住居だけではない。
都市の学校は、彼らの子弟を受け入れようとしない。
学力の差や授業料の高さが壁となっている現実の他に
農民の子を受け入れたくないと言う学校側の本音も
見え隠れする。
「日本人なら大丈夫よ、問題ない」と上海のとある校長から
聞いた事があった。

豊かさを求めて沿海部に出る2千万の農民たち、
痩せた土地と農民税に喘ぐ農民たち、
開発の名の下に土地を奪われる農民たち、
中国共産党は、彼ら9億の民に未来を
保証できるのだろうか?