コラム〔山本編〕
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vol.19 中国の見果てぬ夢
作  山本 洋左右


2008年問題の核心とは?

北京は今、オリンピック成功を最優先にした
大規模な都市改造に乗り出している。
40年前の日本がそうだった様に、
オリンピックの成功は、国内的には
1、 国威発揚
2、 政権安定を齎し、
             国際的には
1、 先進国の仲間入り
2、 平和国家の印象を世界に植えつける

中国政府がこうした希望を抱く2008年の空に
今、暗雲が広がろうとしている。
台湾の陳水扁政権が、独立に向けた
台湾憲法の改正に着手し、2008年の
北京五輪までに新憲法を公布する事を政治スケジュールと
したからだ。
どんな手を打っても台湾独立を阻止したい中国
しかし、オリンピックを前に武力をちらつかせたら、
平和国家の壮大な演出は、水泡に帰す。

オリンピックの成功を最優先するのか、
台湾独立のシナリオを粉砕するのか、
中国共産党はこれから3年、緊張を強いられる事になる。

何故なら、そこには毛沢東やケ小平の見果てぬ夢が
あるからだ。

清朝の領土を奪回せよ!

1949年9月29日、中華人民共和国成立の2日前
北京では、党と軍の最高幹部会議が開かれていた。
そこで演説に立った人民解放軍総参謀長の朱徳は、
共和国建国後の最重要方針を提示した。

「我々は、武力を持ってチベット、海南島、台湾を
帝国主義者の手から解放しなければならない。」

チベットは、清朝滅亡後に独立を宣言、
漢民族がほとんどいない海南島は、ベトナムの
影響下、台湾は日清戦争の敗北で日本に
割譲されてしまった。
これらの地域は、清朝最盛期の領土だったが
「中国共産党の支配は、当然清朝最大の領土に
及ぶ」と朱徳は、一方的に宣言したのだった。
朱徳のこの発言が偉大な独裁者毛沢東の
了承を得ていた事は言うまでも無い。

チベット侵攻、海南編入

中国建国の翌1950年、
人民解放軍は、突如チベットに侵攻し市民、僧侶を多数殺害
瞬く間に首都ラサを武力制圧した。
しかし、帝国主義者の姿はどこにもなく、欧米は中国を非難し
インドはヒマラヤ山脈をはさんで中国と武力対峙した。
チベット人の抵抗はその後も続き、これまでに120万人が
虐殺されたと、国際人権団体は中国を非難している。
因みに現国家主席の胡錦濤氏は、チベットの党書記を努め
チベットの漢民族同化政策を強引に進めた実績が、ケ小平に
認められ、江沢民氏の後継者に指名されたのである。
次に、海南島は、少数民族やベトナム系民族の島だったが
中国は軍を送り込んで、実効支配すると広東省に編入、
後に海南省に格上げして、フランス領下のベトナムの抗議を
黙殺した。
朱徳が訴えた2つの地域は、武力で奪回した。
2つの地域の人々の立場に立てば、
中国に侵略され、併合されたのである。

残るは、台湾だけとなった。

台湾こそ至上命題

朱徳が訴えたチベット、海南島、台湾の中で
台湾は、特別な存在である。
それは、
漢民族が多い、
日清戦争で日本に奪われた
国共内戦に敗れた蒋介石が中華民国を
名乗り、支配している。

台湾を奪回する事は、中国を名乗る国が
中華人民共和国唯ひとつであり、
中国共産党だけが、中国人を代表する正統な
権力である事の証明となる。

1958年、人民解放軍は台湾軍の守備隊が駐留する
金門、馬祖両島へ数万発の砲弾を撃ち込み、
翌59年には金門島上陸作戦を強行した。
結果は、解放軍の惨敗に終わり
台湾は、その後蒋介石ら外省人の政権から、台湾生まれを
中心とする本省人の政権となり、独立志向を強めている。
しかし、中国は諦めなかった。

米中、日中との国交回復の際、
中国は、「台湾は、中国の領土の一部である」との主張を
貫き通し、共同声明に明記する事に固執した。
日中共同声明を見ると中国の本音が見て取れる。
そこには、日本に対する賠償請求もなければ靖国問題、
など今日の争点は、影も形もないのである。
唯一点、「台湾は、中国の領土ですよ!」と訴えているのである。

その後も日本の政治家が訪中するたび、
中国側は、"日中共同声明に記されている事を忘れないで下さい"と
言質を取り続けている。
これは、共産党には台湾統一と言う建国以来の大命題があり、
統一は、国内問題だからどんな手段を用いても
「干渉は、許さない」と言う態度を見せつけている事を意味する。
中国の居丈高な態度に危機感を抱いたアメリカは、中国と国交を
樹立する一方で、「台湾関係法」を成立させて、
中国の武力統一を阻止して来た。
ところが、96年の台湾総統選挙の際、江沢民氏は
台湾沖にミサイルを撃ち込み、2300万台湾人を脅しに出た。
これに対し、米クリントン政権は空母3隻とミサイル原潜を
台湾海峡に送り込み、人民解放軍を威嚇、封じ込めた。

ブッシュ政権は、この時の教訓から将来、
中国軍の台湾制圧、更に太平洋進出を阻止するには
日米同盟の質的強化が不可欠と判断した。
先の日米外交安保会議では、初めて
「台湾の安全は、日米の安全保障と関係がある」と位置付けた。
これに中国が猛反発したのは、当然だった。
さらに、日本が国連常任理事国入りを表明した事で
中国は、総力を挙げて対日批判を全世界で展開した。
国連常任理事国の二カ国が台湾の武力統一に反対したら
中国の外交戦略は失敗、アジアの主導権を日本に奪われる
事になる。
そうした事情を知ってか知らずか、小泉首相は、靖国参拝を
繰り返し、中国の対日批判に格好の材料を与えてしまった。
中国は、台湾問題の劣勢を日本人に知られる事なく
日本批判が出来る事となった。
敵を追い詰めた筈の小泉首相は、塩を送ったのである。

中国の国体が台湾に・・・

中国が台湾の統一に執着するのは、領土だけではない!

中国4千年の歴史、と言うが今の中国に4千年の歴史を
証明する文化遺産は、ほとんど無い。
国共内戦に敗れた蒋介石が、北京の故宮博物院に
あった国家文物の三分の一を台湾に持って逃げたのである。
三分の一と言ってもそのほとんどが、国宝、重文級の文物である。
つまり、中国4千年の歴史は、中国ではなく台湾の
故宮博物院にあるのだ。
蒋介石が持ち逃げしたのは、中国の「国体」であり、
権力の象徴だった。
ケ小平は、死期を悟った時「香港は、手に入れた。後は
台湾と国家文物・・・」と呟いたと言う。
共産党が中国の正統な支配者である事を証明する為には
台湾にある国家文物を北京の故宮博物院に納めなければならない
のである。

そこで、台湾独立派の人々に提案したい。
独立、即ち自分たちは中国人ではなく台湾人だと
全世界に訴えるなら、中国の国家文物を
全部堂々と、北京に返還すべきではないだろうか。
中国の国宝を所持したまま、台湾独立を宣言しても、
世界の共感は得られない。
故宮博物院が所蔵する70000点の国家文物を中国に返すことは、
これは、4千年の歴史を返還する事に等しく
人類史上、画期的な出来事となるだろう。
そのとき、中国は全世界が台湾の英断を支持しても
武力統一に出るだろうか?